美輪明宏&なかにし礼 フランス大会浅田真央の評価(2007/11/19)
テレビ朝日系列で放送されているワイド!スクランブルにゲスト出演した美輪明宏と小説家のなかにし礼したときの映像です。二人がフランス大会で優勝を果たした浅田真央のパフォーマンスやアスリートとしての姿勢について語ります。
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三輪さんは、いいコメントするなぁ。
真央ファンとして少し助けてもらいたくて美輪さんに会いにきました。
美輪さん、ありがとうございました。
「不思議なオーラに包まれています・・」
そうそう、このお二人は「戦前」を知る方です。
美輪さんは、昭和20年8月9日原爆投下された長崎にいて、当時10歳。その時の壮絶な体験談が記憶にあります。
なかにし礼さんが終戦を迎えた時の体験談も記憶しています。
不条理の最たるものを知る二人。
美輪さんは浅田選手の「克己心、はにかみ、恥じらい、礼節・・・戦前にあった、日本人の青年男女の理想的な姿」だと言ってますね。
戦争も戦前も知らないファンも、真央ちゃんを通して戦前の日本を垣間見てるのかな、
なんて思いました。
なかにしさんはステップを褒めてますね、
見るべきものを見る。
まさにスペシャルゲストでした。
ご本人たちは戦前は幼かったので、「戦中と戦後の様子」を知る方というべきでしょうが、戦前の大人たちを見て育ったということで。
美輪さんが浅田選手に「戦前の日本人の良さ」を見たと明言したことは凄いことだと思いました。
また、三島由紀夫の「黒蜥蜴」の舞台で、ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」を使った思い出も重なっているのではないかと個人的には感じました。
いつまでも子供でいたい・・・ 無邪気な男は楽しくて魅力的。
でもいずれ困る時が来る。
腹をくくってきっぱりと
自分の幼児性を捨てなければいけない時が来る。
美輪明宏。
これって、男だけに言ってんの?
すぐキレるのは
自分の気持ちを表現する適切な言葉を知らないから。
たくさんの本を読んで言葉を知ればストレスは溜まらない。
美輪明宏
以前は私たちの胸の中には、堪忍袋という袋があって、
それには緒がついていて、めったに切れなかったが、
このごろはすぐ切れるようになったという。
「相性」より
「人は必ず成長する」。
自閉症支援 服巻智子 (NPO法人それいゆ相談センター長)
服巻の主な仕事は、自閉症の子どもたちにコミュニケーションの取り方を教えること。
自閉症の人は、物事のとらえ方が一般の人とは違う。
そのため自分の感情を伝えたり、他人の気持ちを理解することが苦手で、コミュニケーションがうまくとれない。
そこで服巻はアメリカで開発された教育法などを用いて、子どもたちに一般の人々のコミュニケーションの方法を教えていく。
コミュニケーションがうまくとれず、学校にも行けなかった自閉症の子どもたちが、
服巻の元に通い続けることで、次第に変わっていくという。
「多様性」と「普遍性」という意味で言うと、人間は多様でありながら人間であるという普遍性がある。
この共通点と多様性をいかにうまくバランスを取って、育んでいくかというのが、これからの時代の最も大事なポイントなんだと思う。
多様だからといって「バラバラ」という意味ではない。何か貫く基本はある。
多様性と普遍性の配合というのが、これからのさまざまな問題を考える上で一番大事なことで、その試金石が自閉症の子供たちに対する我々の態度にあるのだろう。
自閉症の人くらい強烈に違うと我々も気を使わなくてはならないと思うのだが、
同じようなことは我々の社会の中にもある。
その人の器量が問われると思う。
日本人は均一だというのは1つの幻想だ。
実際には1人ひとりまったく違う、いろんな人がいる。
茂木健一郎
以上2件、日経ビジネスより抜粋
美輪さまが真央ちゃんを褒めてる
どちらもステキな方
俗に猫に小判というが、
三歳の童子は猫に似て、小判をありがたく思わない。
小判より 声をかけてくれる人、かまってくれる人のほうを喜ぶ。
そして人の知能は多く三歳を越えないと、知能を調べる学者は言っている。
「犬と私と」より
何年か前に美輪さんの原爆体験のお話はテレビで見ました。
今年は帰省しませんが広島と長崎の原爆忌には手を合わせて平和を祈ります。
毎日、終電の中で真央ちゃんの応援コメントに癒されてます。
管理人様、ありがとうございます。
そういえば、なかにし礼さんの奥さんのお姉さんはフィギュア選手でした。
美輪明宏さん、なかにし礼さん、お二人ともにシャンソンに縁があります。
「言葉」を大切にする方たちがもっとテレビに出てくれるといいですね。

ありがとうございます。
終電まで仕事しますが午後からなので電車がすいていて楽です。
美輪さんの長崎のお話は強烈でしたね。
なかにしさんは先輩で、母校の校舎が改修され外観がすっかり変わってしまって卒業生として悲しいということを当時のOB会報に書いていて尊敬しています。
見ない相手にかいつまんで話して聞かせ、
共に興ずるには多少の訓練がいる。
「読めない書けない話せない」より
お誘いありがとうございます。
私はお会いしたことがあります。
ケースワーカーの研修で真央ちゃんの話をされてましたから、たぶんそうではないかと思って。
ずっとロムでしたがある方にお願いしてコメントしました。
サイトはその方からお聞きします。
こちらはとても興味深いですね。
人違いです。失礼なことを言ってごめんなさい。
みわ「バランス感覚がよくないと務まらないのよ」
こちらこそ人違いのようで失礼しました。
私はどのブログにも投稿はしないと決めていますが、指導に来られた巧言令色を嫌う朗らかな方に余りにもよく似ていたものですから、お願いしてコメントしてしまいました。
これからも真央ちゃんのファンとしてコメントを読ませていただきます。
みわ「あたしも好みだわ、山本さんもそうよ、きっと」
真央ちゃんには頭が下がります。
しかし、愛し合うためには少しばかり違っていなくてはならない。
ポール・ジェラルディ(1885-1983 フランスの詩人 )
真央ちゃんはしなやかで優しい性格ですね。
余裕さえも伝わってきます。
皆さんのコメントを拝見していれば十分です。
アラカン女はナンパはしません(笑)が、失礼しました。
真央ちゃんにとってはリフレッシュのチャンスですね。
お引き取り下さい、ハマらないうちに(笑)。想像ですがもうすぐ何かがあるのではないですか?。ごきげんよう。
ハマらないので仕事を続けています。
ご想像通り来月は少し追われそうですが、真央ちゃんのおかげでいくつかヒントに恵まれましたから無事にクリアすると楽観しています。
皆さんの応援コメントにも感謝しなくてはなりません。
真央ちゃんは心身のバランスを保てる理想的な生活を送っているのではないでしょうか。
ハマらなくても、誤解も恐れず(笑)。
人は姿勢が崩れると感情的になる
背筋を伸ばし、体を左右対称に保てば
魂のお行儀も良くなり、冷静でいられます
多様だからといって「バラバラ」という意味ではない。何か貫く基本はある。

悩んで落ち込んだとき、必要なのは理性
いらないのは感情
原因をクールに分析して
解析方法を見つける習慣を
真央ちゃんの趣味はレゴで、相手を必要としない、いつでも始められていつでもやめられるという、責任ある立場の人の趣味と共通していて流石と思います。
はしかについては大学の休講が相次いだ年がありましたが、複雑な問題のレポートに悩まされる中、真央ちゃん応援コメントはどれも微笑ましく、夜勤のリフレッシュに最適です。
現代はコミュニケーションの時代
かつてのパリのようにカフェやサロンに集い
そこで育んだ人間関係から
新しい文化や芸術が生まれる
できたら、14の、なかにしさんの書いたものをいつか紹介してくださいませ。
いつになるかわかりませんが、届いたら紹介します。
夜勤明けにはこれをと教えてくれた方がいて、今日の猛暑もそれで吹き飛ばしたいと思います。
高橋さんと会った真央ちゃんが嬉しそうで、よくあることと知ってはいても、ホッとしますね。
夏バテに気をつけて。ヴェネチアではタイフェスタでタイ料理が人気だったようです。
食べたくなってきた(笑)。
世の中を見渡せば、自分の立場を信じて疑わぬ人がどれほど多いことか。
自らの優越性を誇らんとするばかり、他者の姿が見えなくなる人たち。
どんなに論を尽くしても、伝わらない哀しみ。
無意識の中には、次第にマグマが溜まって行くのである。
そんな折に南直哉さんに出会った。
初対面で、その眼差しに射貫かれた。
この人にならば、精神の地下に伏流する炎の話をしても通じるだろうと思われた。
知というものの限界を、空気のように自然に呼吸している人。
そのような「奇特」な存在が、
この現代の日本で心臓を鼓動させているとは思わなかった。
南さんは、禅宗の永平寺で長年にわたって修行をした人である。
かつて永平寺を訪れた時、廊下ですれ違う修行僧の迫力に瞠目した。
観光客とは、まるで違う厳しさの中に生きる人たち。
人は、なぜ仏門に入るのか。
習慣というものの持つ大きな力。
私のようにふだんは世俗にまみれて暮らしつつあり、時折思い出したように「無知の知」に立ち返ったり、無明の中をさ迷ったりしたりするだけでは足りない。
日々自らの魂の志向性に寄り添ったことを繰り返す大切さ。
修行を続けてきた人は、やはり違う。
中学生で「諸行無常」という言葉に出会ったとき、
南さんは「あ、助かった」と思ったという。
クオリアをはじめとする現代の脳科学の諸問題に対する態度といい、私自身の精神の志向性にかかわる嗅覚の鋭さといい、南直哉という人は尋常ではない。
対談中、私はひょっとしたら天から使わされた怪物と向き合っているのではないかと思う瞬間が正直何回かあった。
怪物と格闘していると、こちらも鍛えられる。南直哉さんと話を交わしながら、さまざまなことを教えていただいた。
南さんが九十五歳のおばあちゃんと交わしたという会話である。
「和尚さん、死んだら私は良いところへ行けますか」とおばあちゃんに尋ねられて、
南さんは「極楽に行ける」と答える。
本来、仏教思想の根本は、
霊魂や死後の世界の存在については「答えない」という「無記」を貫くことにある。
それでも、南さんは目の前のおばあちゃんに「極楽に生ける」と答える。
「行けるに決まってるじゃないの。こんなに努力して、一生懸命がんばったおばあちゃんが良いところへ行かなくて、どこに行くんだ。」と言葉をかけるのである。
ここには、私たちが生きるということ、その中で思想を抱くということにかかわる、よほどの難問題が横たわっている。
だからこそ、私は南さんのこの態度にすっかり感じ入ってしまったのだろう。
「おばあちゃんと話しているときの、存在する、しないということの判断基準をどこに求めるのかは、おばあちゃんと僕だけで決定しちゃいけない理由はないと思うようになったんです。」と南さんは言う。
「それでは、その決定の責任はどこにあるのか――。言った人間、つまり私ですよ。」
と南さんは続ける。
「もし普遍的かつ絶対的な基準がどこかにあって、仏教で間違ったことを言ったら地獄に落ちると決まっているとするならば、落ちる覚悟で言わないといけない。仏教者というのはそういう立場にある人間だと思うんです。」
私たちは、他の誰でもない、まさに「この私」としてこの世に産み落とされる。
親も兄妹も、自分で選んでいるわけではない。
熟慮して母国や郷土を指定したわけではない。
自分の姿かたち、資質、生きてきた履歴。どれとして、思うがままになったものはない。
その一方で、私たちは自由意志という幻想なしでは
一瞬たりとも正気を保つことができない。
因果によってすべては決まっているという直感と、私たちの意識のあり方は相容れない。
これらのとてつもなく大切な問題について、南直哉さんと四年間にわたって対話を積み重ねることができたことは僥倖であった。
私たちの対話は、お互いに親しみつつも、常に緊張感のあるものであった。
決してなれ合いではなかった。
クオリアや仮想、偶有性といった、私にとって大切な概念たちに対する南さんの切り込み。私はその度に精一杯の回答をした。
切っ先を交わしながら、春風のようなやさしい空気につつまれた。
木漏れ日のきらめきを、確かに肌に受けた。
それでも、目の前のその人の眼光は、あくまでも鋭かった。
対談の終わりは、ある意味では衝撃的なものだったと言えよう。
「星の友情」。「されば、われわれは、互いに地上での敵であらざるをえないにしても、われわれの星の友情を信じよう。」(ニーチェ)。
私と南直哉さんは、これからも、お互いをはるか遠くに認め合いつつ、それぞれの人生の偶有性を生きていくのだろう。
『人は死ぬから生きられる』ー脳科学者と禅僧の対話ー まえがきより抜粋
霊安室でダンスパーティー楽しんだり、OFFはみんなただのヒトよ
みわ「書評としても三流ね」
本というものは、自分で買うものである。
いくら良書でも、読めと与えられたら、薬くさくなる。
以降、フランスで禅の精神まではさておき、「ZEN」という言葉自体は立派に定着し、市民権を持つようになった。
「冷静沈着に行こう=Etre zen 又は rester zen」
という言い回しにも使われる。
言葉だけでなく、禅にまつわる文化様式も日本趣味のひとつのスタイルとして、生活のさまざまな場面で垣間見ることができる。殊に、インテリアにZENスタイルを取り込むことは、粋でしゃれたことらしい。
例えば竹。竹といえば日本庭園には欠かせない植栽である。本格的な日本庭園を構える家はまれだが、当世風のモダンな庭造りに竹の植栽は欠かせない。集合住宅のテラスやバルコニーに鉢植えされているのもよくみかける。竹の緑色は、異国のビビッドな街並み、濃い空の色と絶妙なコントラストをなし、なかなかアーティスティック。
障子や畳はコスト的にまだ庶民レベルの素材ではない。生活スタイルの違いもあって浸透しているとは言いがたく、そうそう個人のうちでみかけることはない。それでもZENはつつましくいぶいている。
盆栽(ちなみにBONSAIもフランス語になっている)、ミニ噴水、ノグチイサム風の和照明などは、手軽にジャポニスム取り込むツールとして人気のようだ。最近ではどこのインテリアショップでも日本=ZEN趣味のインテリアグッズを目にする。
asahi com 2008年1月30日
フランスでZEN(禅)筆者 フランス・兒玉ゆきこ 海の向こうのジャパネスク(後編)より
全員同じ・・・なんておかしいですものね、あなたも・・・私も
日本人は均一だというのは1つの幻想だ。
実際には1人ひとりまったく違う、いろんな人がいる。
みわ「書評にもなっていなかったわね」
世の中には人には言えない
苦しみや地獄を抱えた人もいる
それでもニコニコ朗らかに生きる強い人がいる
会話能力にも問題はなく、しかも眼に異常があるわけでもないのに、文章を読むのに著しい困難を抱える人たちがいる。
読字障害だ。
この障害が見つかったのは、19世紀末の英国。
数字の「7」は読めるのに「seven」を見せると読めない中学生が見つかった。当時は、まれなケースと思われていたが、英米では人口の10%、日本では5%もいることが判ってきた。
最新の研究によって読字障害の人は一般の人と、脳での情報処理の仕方が異なることが明らかになってきた。
通常、情報を統合する領域で文字を自動処理しているが、読字障害の人は文字処理をスムーズにできないのである。
人類が文字を使い始めてわずか5千年、この時間の短さ故、脳は十分に文字を処理できるよう適応しきれていないのである。
一方、読字障害の人には独創的な発想が出来る人や空間処理能力が高い人が多い。
映画ジュラシックパークで恐竜博士のモデルになったモンタナ州立大学の考古学者ジャック・ホーナー博士も読字障害の一人。
ホーナー博士は、恐竜の生態が鳥類に近い生き物であったことを証明し、恐竜研究に革命を起こした。
しかしホーナー博士の読み書き能力は、小学3年生程度と言う。
人類進化が生んだ文字に適応できずに現れた病に迫る。
NHKスペシャル 病の起源 第4集 読字障害 〜文字が生んだ病〜
2008年10月12日放送
100万年以上の時間をかけて獲得してきた言葉を話す能力と比較しながら、読字障害の起源に迫り、人類の脳の進化をひもといていく。
文字は人類の発明品であって、読むための専門領域は脳に備わっていない。
あるものを利用しているにすぎないため、読字障害はあって当然。
脳が文字に追いつかない・・・
文字を音に変換する脳の30野、40野の部分を活性化させて文字を読めるように訓練する。
手を動かし体を使って直していく。
ピカソ
平面に書かれた図形を、素早く立体に変える能力にたけている
(立体的に把握する能力に優れている=右脳の働きにより能力を発揮していると考えられている)。
失読症、難読症、識字障害、読字障害ともいう。
1884年にルドルフ・ベルリン(Rudolf Berlin)によって報告され命名された。
ディスレクシア障害者は一般人に比べて映像・立体の認識能力に優れていると言われ、工学や芸術の分野で優れた才能を発揮している者も多い。
これは左脳の機能障害を補う形で右脳が活性化しているためと考えられており、最近は若年者の治療において障害の克服と共にこうした能力を伸長させる試みも行われている。
Wikipedia抜粋
高橋尚子さんと会った時も嬉しそうでしたが、舞さんと一緒に出るショーについてのインタビューでも真央ちゃんはとても嬉しそうでした。
いつもの事ながら真央ちゃんの笑顔はファンに幸せな気持ちにしてくれます。
楽しみですね。
舞さんは誰よりも仲のいい女友達、親友に近い存在だと文芸春秋に載っていました。
真央ちゃんにとっても舞さんは同じような存在でしょう。
世界を見てきた真央ちゃんだからこそ舞さんも、真央ちゃんの中に大人を感じてお姉さんみたいと言うのでしょう。
他の兄弟もそれぞれ興味深く読みました。
アポリアはよく使われますね。
若さや、時には気負いも感じられるコメントも全て拝見できて真央ちゃんに感謝しています。
真央ちゃんからは気負いが全く感じられませんね。
軽蔑というのは、馬鹿ていねいな言葉のうちに、いつも巧みに隠されている。
「赤と黒」
今、1枚の写真が注目を集めている。
63年前、被爆した長崎で撮影されたもので、亡くなった幼い弟の亡きがらを背負い火葬場の前にたつ「焼き場に立つ少年」と題された写真だ。
撮影したのはアメリカ人カメラマン、ジョー・オダネル。去年8月9日、亡くなった。占領軍として原爆投下後の長崎に入り、その破壊力を記録するため写真を撮影する一方で、軍に隠れ内密に自分のカメラでおよそ30枚の写真を記録した。帰国後、被爆者の記憶に悩まされ、悲劇を忘れ去ろうと全てのネガを自宅屋根裏部屋のトランクの中に閉じこめ、43年間封印してしまう。しかし晩年になって原爆の悲劇を訴え母国アメリカの告発に踏み切っていく。原爆投下を信じる周囲から非難の声を浴びながら、85歳の生涯を閉じた。
なぜオダネルは、軍の規則に違反して写真を撮影したのか。
なぜその写真を長年隠し、晩年になってトランクを開け母国を告発したのか。
その足跡を追う息子が、遺品の中に残された録音テープを発見した。そこには写真に秘められた過去と、真実を伝えざるを得なかったオダネルの思いが告白されていた。
NHKスペシャル 解かれた封印 〜米軍カメラマンが見たNAGASAKI〜
2008年8月7日放送
・・・
長崎を南北に貫く浦上川。そのほとりに下りていったオダネルは、生涯忘れられない光景と出会います。そこは火葬場でした。焼け野原を一人の少年が歩いてきました。少年は、背中に小さな弟の亡骸(なきがら)を背負っていました。
『一人の少年が現れた。背中に幼い弟を背負っているようだった。火葬場にいた2人の男が弟を背中から外し、そっと火の中に置いた。彼は黙って立ち続けていた。まるで敬礼をしているかのように。炎が彼のほおを赤く染めいてた。彼は泣かず、ただ唇をかみしめていた。そして何も言わず、立ち去っていった』
・・・・
帰国後、オダネルは長崎での記憶に精神をさいなまれます。
『被爆者たちの体をうごめくうじ、助けを求める声、鼻をつく異臭。私は長崎でも他光景を思い出すまいとした。しかしその光景は頭から離れず、私をさいなみ続けた。あの時のアメリカの決断は正しかったと言えるのだろうか。
眠ろうとしても眠れないのだ。悪夢が終わらないのだ。写真を見たくなかった。見ると長崎の悪夢がよみがえってしまう。』
苦しみから逃れるため、オダネルは全ての写真をトランクに封印しました。屋根裏部屋に隠し、以後43年間開ける事はありませんでした。」
・・それは1950年の出来事でした。
『大統領、私は長崎と広島で写真を撮っていました。あなたは日本に原爆を落としたことを後悔したことはありませんか?
彼は動揺し顔を真っ赤にしてこう言った。当然それはある。しかし原爆投下じゃ私のアイデアではない。私は前の大統領から単に引き継いだだけだ。』
・・・
1989年オダネルの運命が変わります。オダネルは偶然立ち寄った修道院で、そこに飾られていた(十字架を背にした)反核運動の彫像に出会います。その全身には被爆者の写真が貼られていました。
・・・・
『私は彫像を見て衝撃を受けた。罪のない被爆者たちの写真が彫像の全身にはられていたのだ。それを見たときの気持ちは言い表せない。長崎の記憶がよみがえりとても苦しくなった。しかし、私は何かしなければと痛烈に感じた。まさに啓示だった。自分も撮影した真実を伝えなければならないと。』
オダネルは屋根裏部屋に行き、43年ぶりにトランクを開けました。」
トランクを開けたときから家庭は崩壊した。孤立を深めながらも、それでもジョー・オダネルは戦争非難活動を続ける。
『誤解しないでほしい。私はアメリカ人だ。アメリカを愛しているし国のために戦った。しかし母国の過ちを、なかったことにできなかった。退役軍人は私のことを理解してくれないだろう。私は死の灰の上を歩きこの目で惨状を見たのだ。確かに日本軍は中国や韓国に対してひどいことをした。しかしあの小さな子どもたちが何かしただろうか。戦争に勝つために、本当に彼らの母親を殺す必要があっただろうか。1945年、あの原爆はやはり間違っていた。それは100年たっても間違いであり続ける。絶対に間違っている。絶対に。歴史は繰り返すというが、繰り返してはいけない歴史もあるはずだ。』
オダネルは2007年8月、85歳で(原爆病のため)息を引き取った。その日はくしくも長崎原爆と同じ8月9日だった。
『アメリカ人が好むと好まざるとに関わらず、8月6日と9日は毎年やってくる。嫌がらせの手紙や投稿がどんどん集まってくる。‘お前は裏切り者だ’‘アメリカが嫌なら日本へ行け’と。
ある時、娘が教えてくれた。お父さんの活動に味方する投稿が一つだけあるよと。その投稿は私への批判の声に反論してくれていたのだ。‘オダネルに批判する人に言いたい―― 原爆とは何だったのか。図書館に行って歴史を勉強してから批判しろ’。名前を見るとそれは私の息子だった。』
・・・・
そして今、息子がその遺志を継いで活動している。
『トランクの中の日本―米従軍カメラマンの非公式記録』 (大型本) 発売日:1995/05
1990年からアメリカで、ついで1992年から日本各地で彼の写真展は開催され、話題を集める。しかし、この夏(1995)に予定されていたワシントンのスミソニアン博物館での原爆写真展は、すでに報道されたように在郷軍人の圧力でキャンセルされた。ここにおさめられた57点の写真は、スミソニアンではついに展示されなかった真実の記録である。
Amazon.co.jp
この写真集は、スミソニアン博物館での展示がキャンセルされた。 展示されたのは、原爆を投下した「エノラ・ゲイ」だけだ。
「原爆によって終戦を早めることができた」とアメリカは今も言う。 しかし、すでに戦争の勝敗は決していた。そこで何万人もの一般人を焼き殺す必要があっただろうか。
写真とともに添えられた文章が、いい。
写真に釘付けにさせられた視線を揺さぶるような文章。
国家の壁を越えた人間愛のようなものを感じる。
なお「焼き場に立つ少年」の写真は長崎市に寄贈され長崎原爆資料館に展示されている。
(読者評抜粋)
自分の行動の中に道徳を追求していくことです。
アインシュタイン
昭和20年8月9日。当時10歳の美輪明宏は、長崎市内の自宅で夏休みの宿題の絵を書いていたとき原爆に遭ったという。
『ちょうど絵が出来上がって、その出来具合を見ようと家の中に下がって見ようとしたとたんに「ピカッ」ときて、マグネシウムを100万個くらい焚いたくらいの光りがきたんです。
こんないい天気に雷?と思うか思わないかの瞬間、世の中の音という音が全部無くなったんです。
あんな無窮の静寂ってのは始めてですけど世の中の音が全部ピッって止まったんです。
とたんに、こんどは世界中の雷を全部集めたような爆音。
「バッバーン」という大音響でしたね。なにがおこったのか分らない状況です。
外に出たら、とにかく地獄なんですよ。今でも覚えていますけど、馬がドタッと横になって死んでるんです、火傷で、ケロイドでベロンベロンになってるんです。
そしてね、その横で馬車引きのおじさんが踊ってるんです。でもそれは踊っているんじゃなく、飛び跳ねているんです。精神錯乱になっているのか、反射神経で、そうなっているのか体があばれて踊っているように見えたんです。』
『そして終戦になって、自宅の前に立ってましたら女の人が来たんです。矢絣(やがすり)の着物、下がもんぺでね。もんぺはもう、千切れていてるんです。ボロボロの矢絣の着物を引きずって家に入ってきて、中の畳の上に寝ちゃったんです。
そして彼女は何か言っているんです。「すぇまえん、みうをくゎさぃ」。唇がすごく腫れて火傷して、うまく唇があわせられないんですけどよく聴いたら「すみません水を下さい」といっているのが分ったんです。
わたしは土瓶に水をいれて、土瓶で渡そうとしたら持てないんです。その人は手が無いんです。ぐじゃぐじゃになっちゃってて。私は「ああそうか」と思って直接水を口に注いであげて。
そしたら・・・私はまだ子供なのに、私のことを、無い手を合わせて拝むんですよ。どうもありがとうございますって。・・・でも水は全部飲めないんです。口から水が垂れてしまって。飲んだ後その人は、眠っているんだとおもってたんです。そうじゃない死んじゃうんですよ。水をあげると死んじゃうんです。
そして、次から次へと同じような人たちが来るんです。私は一人でさばききれないから、お手伝いさんを呼んで。お手伝いさんはバケツに水を汲んで、みんなに飲ませるんです。
それはもう末期(まつご)の水ですよね。
ほんとに悲惨というか・・・』
NHK[あの日 昭和20年の記憶]より
まっすぐで素直な人は神様も力を貸してあげたくなる
神様の援護射撃を受けるには、資格が必要です
美輪明宏
美輪さんはこの動画で
浅田選手の「克己心、はにかみ、恥じらい、礼節・・・。
戦前にあった、日本人の青年男女の理想的な姿」
と言っています。
1 筋道が通らないこと。道理に合わないこと。また、そのさま。「―な話」
2 実存主義の用語。人生に何の意義も見いだせない人間存在の絶望的状況。カミュの不条理の哲学によって知られる。
明識がなければ、よい意志も悪意と同じほどの多くの被害を与えることもあり得る。
一番恐ろしい悪は、自ら全てを知っていると信じていることから、
みずから人間を殺す権利を認めるような無知の悪をおいてほかにはない。
Albert Camus アルベール・カミュ (1913- 1960フランスの小説家、劇作家、評論家)
『異邦人』『シーシュポスの神話』『ペスト』などの著作で、人間存在の不条理さに光を当て、1957年ノーベル文学賞受賞『この時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要な文学的創作活動に対して』
哲学者、文学者ジャン=ポール・サルトルと共同で文学活動を行ったが、1951年に刊行した評論『反抗的人間』における共産主義批判を契機としてサルトルらと論争になったことで決裂した。かつて実存主義者とみなされることが多かったが、実際には実存主義提唱者サルトルなどと文学的内容は異なっており、本人も実存主義者とみなされることを強く否定していた。
それは自分の義務だと言い張るものだ。
バーナード・ショー
犯罪のためにあらゆる弁明を持ち出す。
安全のためにあらゆる口実を持ち出す。
だが絶対に持ち出さないものがある。
それが自分の臆病さだ。
バーナード・ショー
まお「こっちにしておけば」
みわ「おなじこと」
日中戦争がはじまった1937(昭和12)年7月、大多数の宗教者が戦争に協力していく中で「戦争は罪悪。この戦争は侵略である」と説き、検挙された僧侶がいた。
NHK ETV特集 戦争は罪悪である〜ある仏教者の名誉回復〜
2008年10月12日放送
長らく忘れられていた彰元の行動が再び脚光を浴びたのは70年近くが過ぎてから。300ページにおよぶ当時の取り調べの記録が寺でひそかに保管されていた。そこには、事件当時の関係者の証言と共に、彰元の信念も赤裸々に記録されていた。地元の人々や多くの宗教者たちの熱心な運動により、去年10月、本山はついに彰元の名誉回復に踏み切る決定を行う。彰元が検挙されて、実に70年ぶりのことだった。
http://veohdownload.blog37.fc2.com/blog-entry-1119.html
全国民が集団催眠にかけられ、異端は命の保証がないという時代にあって、殺生はならぬという宗教者としての本分に立ち返って、戦争批判を通した竹内彰元和尚のことは、反戦抵抗史に書き加えられるべき存在だと思いました。感銘を受けました。
(視聴者評抜粋)
私は教師ではなく、道を尋ねられた同行者にすぎない。
バーナード・ショー
George Bernard Shaw, ジョージ・バーナード・ショ(1856- 1950)
イギリスにおいて主に19世紀に活躍したアイルランド出身の劇作家、劇評家、音楽評論家、社会主義者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE) 創設者。イギリス近代演劇の確立者として有名。カナダのナイアガラ・オン・ザ・レイクでは、毎年数ヶ月にわたって、ショーとその同時代の劇作家の作品を上演するショー・フェスティバルが開催され、世界各国から人々が集まっている。
ショーにとっての音楽上の英雄はリヒャルト・ワーグナー。楽劇『ニーベルングの指環』4部作を論じた『完全なワーグナー主義者』で、一般のロマン主義的批評家と異なり「社会主義的立場から19世紀資本主義社会を眺めた寓話」として捉えている。この見方は、1970年代になってバイロイト音楽祭でパトリス・シェローの革命的な演出が上演され、ようやく脚光を浴びる。
社会主義思想をまとめた『知的女性のための社会主義と資本主義の手引き』は今なお啓蒙的価値を保つ。
劇作は約50編の戯曲を発表、その奇抜な皮肉と辛らつな破壊力とを社会のあらゆる因習の上に浴びせかけた。1903年『人と超人』(Man and Superman)以降は単なる因習打破にとどまらず「生の力」を唱え、超人へと進化するよう努力するのが人間として生まれた使命であるとして、悦楽に耽り怠惰に流れる人類に警鐘を鳴らし続けた。
代表作
『ピグマリオン』(Pygmalion)1913年初演
1938年映画化され、ショーはアカデミー脚色賞受賞。ミュージカル化され『マイ・フェア・レディ』として大ヒット。原作、ミュージカル共に現在も世界各地で上演されている。
『聖女ジョウン』(Saint Joan)1923年初演
それまで悲劇のヒロインとして描かれてきたジャンヌ・ダルクを、社会と葛藤する一人の人間として描き、1925年ノーベル文学賞受賞。
哲学者は自然の水先案内人である
バーナード・ショー

バーナード・ショー
ビアス
金言は、ややもすると人の感情を損なって、聞き入れられない。
「ねえ、ママ、あの人を見てごらん。髪の毛が全然ないよ」
「静かにしなさい!聞こえるわよ」
「へえ、あの人、それ知らないの?」
私は隣人に対する愛を諸君には勧めない。
私が諸君にすすめるのは遠き者に対する愛である。
ニーチェ 「ツァラトゥストラかく語りき」

労働なき富
良心なき快楽
品格なき学識
倫理なき商売
人間性なき科学
献身なき信仰
M・ガンジー『7つの社会的犯罪』1925年

十分過ぎるほどの準備が整いました。
素敵な応援コメントばかりで真央ちゃんは幸せですね。
タラソワさんの力ではなくタラソワさんが刺激されてしまったのが良く判ります。
真央ちゃんの蓄積は半端ではありません。
典型的な、と最初にお伝えした通りですのでロムに戻ってのんびり拝見します。
ご自愛ください。
ガンジーさんの教えを守る真央ちゃんには、神様の援護射撃を受ける資格は十分あります。
日本人が誇る世界の真央ちゃんが元気でいますよう、心からお祈りしています。
明日は広島原爆忌。
今宵はスーパーマンと宇宙から青い地球を眺めたいと思います。
事情は把握しています。
十月を楽しみに待っています。
ご自愛ください。
真央ちゃんは楽しんで滑っていてよかったですね。
典型的な、というのは自己顕示欲とか孤独の裏返しとかとは別の、ある典型的なという意味です。
真央ちゃんは何でもお見通しですね。
頼もしい選手です。
真央ちゃんは戦争も戦後も知らない世代ですが、世界へ出て行けば知らないでは済まないことがあることに、いつか気づくでしょう。
真央ちゃんはいつも真摯に現実と向かい会える人。
必ず国際人の仲間入りを果たすに違いありません。

長崎市・浦上地区浦上天主堂「アンジェラス(アンゼラス)の鐘」。
1945(昭和20)年8月9日に、長崎に原爆が落とされ、
「アンジェラス(アンゼラス)の鐘」は、「長崎の鐘」になりました。より正確に言えば、「長崎・原爆の鐘」です。
原爆を投下した国はキリスト教の国、被爆したのは広島、長崎。
浦上の信徒は一瞬にして九千人が二千人になった。
貧しい浦上の信徒が着工から30年かけて作り上げた浦上天主堂は一瞬にして廃墟と化した。
フランス製のアンジェラスの鐘、小型は破壊されたが大型は今も鳴り続けている。
鐘の音が聴けます。↓
世界名鐘物語「日本」
http://www.carillon.co.jp/nagasaki.htm
NAGASAKI×PEACE

http://www.nhk.or.jp/nagasaki/peace/
関連番組情報もあり、被爆者100人の証言はいつでも読めます。
Dendenra Ryu

http://www.youtube.com/watch?v=e_CdwBRDot8&feature=related
終戦の日/戦没者を追悼し、平和を祈念する日(日本)
「時」の歩みは三重である。
未来はためらいつつ近づき、
現在は矢のように速く飛び去り、
過去は永久に静かに立っている。
シラー 「孔子の言葉」
Every patient carries her or his own doctor inside.
全ての患者は、
自身の医者を内部にかかえている。
アルベルト・シュバイツァー(Albert Schweitzer 1875 - 1965)
ドイツ出身のアルザス人で、フランスの神学者・哲学者・医者・オルガニスト・音楽学者。
マザー・テレサやマハトマ・ガンディーと並び、20世紀のヒューマニストとして知られている。
30歳の時、医療と伝道に生きることを志し、アフリカの赤道直下の国ガボンのランバレネにおいて、当地の住民への医療などに生涯を捧げたとされている。
「生命への畏敬」への哲学などでも知られ、世界平和にも貢献。「密林の聖者」とまで呼ばれている。
第二次世界大戦後は広島と長崎に核爆弾を落とされたのを知り、核問題を中心に反戦運動を展開。
1952年、ノーベル平和賞受賞。
音楽にも精通し、バッハ研究でも有名。
トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565
オルガン独奏:アルベルト・シュバイツァー Toccata And Fugue In D Minor, BWV 565 1/2 by Albert Schweitzer
Toccata And Fugue In D Minor, BWV 565 2/2 by Albert Schweitzer
ご紹介いただきありがとうございます。
古くて音が潰れているのが残念ですが、
奇を衒わない骨太の演奏ですね。
オルガニストの友人曰く「バッハは祈りだ」と。
しかし、日本ではどこに言ってもトッカータとフーガばかりを
リクエストされるのにはちょっと辟易しているみたい(笑)。
母から聞いたところによると、東京裁判を伝える
ニュース動画は、いつもこの曲が最初に流れたのだとか。
今でも、「タララ〜」という冒頭だけで
どうしても思い出してしまうのだそうです。
これからはシュバイツアーを思い出してください(笑)。
動画をUPした人は、シュバイツアーについて詳細に記述しています。
ずっと以前から「仮面舞踏会」(ハチャトゥリアン)を評価されていたのですね。
* 『黒蜥蜴』(美輪明宏主演、演出):「ワルツ」を使用。
* 『卒塔婆小町』(美輪明宏主演・演出):「ワルツ」を使用。
美輪は「仮面舞踏会を題材に音楽はたくさんあるが、これが白眉」と『N響アワー』で発言し、絶賛した[1]。Wikipediaより
偶然『N響アワー』歴代の司会者になかにし礼氏がいましたが
この方は昨年「仮面舞踏会」を「この曲は変えたほうがいい」と発言。(もちろん、美輪さんがいないとき。以前から特定の選手を褒めるために真央さんを否定していましたが)何も語らない方が良かったと思います。公共の場で発言するほどの知識がいつも見当たりません。作家の肩書きが付いているにもかかわらず。
美輪さまの手に飾られた大きな宝石をみて思い出しましたが、
そうとう以前に『黒蜥蜴』を観劇していました。
舞台でも本物の宝石を使用していて、とにかくキラキラ美しく光っていました。しかし、「仮面舞踏会」(ハチャトゥリアン)のワルツが使用されていた記憶は一切残っておりません。
あまり人のことも言えないようです(^∀^ヾ|
>奇を衒わない骨太の演奏ですね。


(仏 chaconne、チャッコーナ 伊 ciaccona, チャコーナ 伊 ciacona、西chacona)
特定の低音および和声進行を繰り返すオスティナート・バスを用いた曲の呼称のひとつ。
17世紀までのシャコンヌの多くは快活な3拍子の舞曲。オスティナート・バスによる類似の音楽としてパッサカリアがあるが、17世紀後半以降、「シャコンヌ」と「パッサカリア」の呼称はしばしば混同して用いられている。
ドイツの器楽アンサンブルのためのシャコンヌはフランス風のシャコンヌの形式に則ったものも多く書かれているが、オルガン作品に見られるドイツ風のチャコーナとの様式の融合も見られる。
ヨハン・セバスティアン・バッハの作曲した無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータBWV1001-1006は、3曲ずつのソナタ(BWV番号は奇数)とパルティータ(BWV番号は偶数)合計6曲からなり、パルティータ第2番ニ短調 BWV1004の終曲のシャコンヌはこのフランス風のシャコンヌとドイツ風のチャコーナの融合の延長上の終極点にある作品である。
第9回チャイコフスキー国際コンクール(1990年) バッハ優秀演奏賞

A.suwanai plays Bach´s Chaconne
www.youtube.com/watch?v=5TwTTaZ9FN0
諏訪内晶子さんの画像、拝見しました。
さすがに若い! けれど、とても18歳とは思えない落ち着きです。
飛びぬけて秀でた人は、やっぱり違う。真央選手も同じですね。
諏訪内さんの演奏は、生でも何度か聴きました。
バイオリニストとしては・・・実はあまり好みではありません。
何というか・・・演奏を聴いていると、ご本人と、奏でている音楽の間に
ものすごく距離がある、という感じがしてしまうのです。
非常に「客観的」というか。
逆に近すぎる自己陶酔的な演奏も嫌なのだけど。
どんぴしゃりの演奏家を見つけるのは、なかなか難しいです。
諏訪内さんご本人は、理知的でとても素敵な人だと思うのですが。
早起きですね。彼女はオーソドックスですね、シャコンヌはよかった。
出産後の演奏には変化が見られます。
では、お元気で。
なるべく早く投稿していただくようにお願いしました、ご覧頂けたら嬉しいです。
私のHNが使われたのは想定内ですので気にしていません。
予想通りとはいえ、真央ちゃんのカプリースの演技には圧倒されました。
先月はサッカーのフーリガンレポートに興味深い発見もあり、気がつけば秋という感じです。
来月ドイツに行くことになりましたが、帰りにフランス杯も見たいという希望が通り喜びでいっぱいです。ピンチヒッターを引き受けた甲斐があります。
真央ちゃんはロシアから直行でしょうか。
自己管理も抜かりはない真央ちゃんですが、元気な姿が見られたら満足です。
>94 マハトマ・ガンディー
モハンダス・カラムチャンド・ガンディー
(Mohandas Karamchand Gandhi, 1869年10月2日 - 1948年1月30日)
インドのグジャラート出身、マハトマ・ガンディー(=マハートマー・ガーン
ディー:Mahatma Gandhi)として知られるインド独立の父、弁護士、宗教家、政治指導者。
「マハートマー」とは「偉大なる魂」という意味で、インドの詩聖タゴールから贈られたとされているガンディーの尊称(自治連盟の創設者、アニー・ベザントが最初に言い出したとの説もある)。また、インドでは親しみをこめて「バープー」(「父親」の意味)とも呼ばれている。
1937年から1948年にかけて、計5回ノーベル平和賞の候補になったが、本人が固辞したため、受賞には至っていない。
ガンディーの誕生日にちなみ、インドで毎年10月2日は「ガーンディー・ジャヤンティー」(ガンディー記念日)という国民の休日である。
なお、インドの政治家一族として有名な「ネール・ガンディー王朝」(インディラ・ガンディーら)との血縁関係はない。
ja.wikipedia.org/wiki/マハトマ・ガンディー
まお「140年目のおたんじょうび!」
みわ「明日のジャパンオープンしっかり」
「正念場」
正念場(しょうねんば)とは、ここぞという大切な場面。真価を問われる大事な場面。
正念場は「性根場」とも書き、本来「正念」は仏教語で、悟りにいたるまでの基本的な実践目得『八正道(はっしょうどう)』のひとつ。
『八正道』にある「正念」を除いた残り七つは、「生見」「正思惟」「正語」「正業」「正命」「正精進」「正定」という。
正念とは、雑念を払い仏道を思い念ずることで、正しい真理を思うことを意味し、修行の邪魔となる雑念に乱れない信心も意味する。
そこから、「正しい心」「正気」が必要な場面を「正念場」と言うようになった。
また、正念場は歌舞伎や浄瑠璃などで、主人公が役柄の神髄を見せる最も重要な場面をいう語でもあるが、それから「正念場」の語が生まれたわけではなく、仏教語が演劇の中で用いられたため、一般にも広く用いられるようになったものである。
語源由来辞典
「立派」
非常にすぐれているさま。堂々としているさま。十分に整っているさま。
立派(りっぱ)の語源には、僧が一派を立てる意味の「立派」に由来する説と、仏教語の「立破文明」に由来する説がある。
僧が一派を立てる説は、もとの流派から分かれて一つの派を立てることは容易ではないため、優れていることを「立派」と言うようになったというものである。
「立破文明」とは、因明(仏教の論理学)において、立論(自分の義を立証すること)と論破(他人の非説を論破すること)がきちんとしていることで、単に「立破」とも言う。
ここから、きちんとしていることを「りっぱ」と言うようになり、「立派」の字があてられたというのが「立破文明」の説である。
どちらの説も不自然ではなく、断定することは難しい。
関連語:天晴れ(あっぱれ)。滅法(めっぽう)。完璧。圧巻。美しい。素敵。潔い。頗る(すこぶる)など。
語源由来辞典
まお「りっぱ?」
みわ「敗れてもなお堂々と・・・二年後のフランス大会でも」

(ファン歴X年)
(ファン歴X年)
第二次大戦中に反戦歌として愛された曲。
『リリー・マルレーン』(Lili Marleen)
いくさに行く前の夜 子どものように泣きじゃくり 私の名前をあなたはつぶやく
※いとしいリリー・マルレーン
いとしいリリー・マルレーン
窓の下を兵隊の 長い列が町を出る 私を見あげてあなたは叫んだ ※
夜空の下鉄砲を 抱えたまま眠る歌 汚れた私の写真を取り出し ※
地獄のような戦いに 身を捧げて傷ついて 倒されたあなたは最後に叫んだ ※
平和の日は来たけれど あなたはまだ帰らない 瞳を閉じれば聞こえるあの声 ※
(訳詞:なかにし礼)
第二次世界大戦当時、ナチス政権下のドイツを離れ、アメリカの市民権を得ていたディートリヒは進んで連合軍兵士を慰問、この歌を歌った。このためにドイツでは彼女は敵側の人間(反逆者)と見なされ、戦後も不人気であった。
Lili Marlene (Deutsch Live) - Marlene Dietrich

www.youtube.com/watch?v=mjlt0GgVZtI
(ファン歴X年)
第二次世界大戦下では、21時57分にベオグラードのドイツ軍放送局から流れるこの歌に、多くのドイツ兵が、戦場で耳を傾け故郷を懐かしみ、涙を流したといわれている。また、ドイツ兵のみならずイギリス兵の間にも流行したため、北アフリカ戦線のイギリス軍司令部は同放送を聞くことを禁じた。
日本ではベルリン出身のハリウッド女優、マレーネ・ディートリッヒの持ち歌として知られている。
まお「べるりん?うまれるいちねんまえ!」
1989年11月9日 「ベルリンの壁」崩壊。
(ファン歴X年)

年目
マオ
元気で
マイペースで
・・・リラッ〜クスしてがんば。
(ファン歴X年)
当代のセンスそのものが堕落するということである。山本夏彦
故郷
http://www.youtube.com/watch?v=fyooHu9x3Nc

(ファン歴X年)
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
室生犀星「小景異情(その二)」 出典「抒情小曲集」

(ファン歴X年)
その人の器量が問われると思う。
それは、今の社会が偶発性や偶然性を恐れているからだと思う。
偶発性や偶然性を恐れる社会とは何か。
それは想定外のことができるだけ起こらないようにする社会である。
信用できない人に大事なことを話すわけないし、「この人であれば、自分の言葉を投げかけてもちゃんと受け止めてもらえる」という信頼感が生まれなければ大事なことは話せない。
聴いたり待ったりすることには、ものすごい時間がかかる。
まお「きょねんはよんたいりくにはでたくなかったです」
作品は正直だよね。
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